2011年08月02日(火)
【ガバナンス論】2011年度試験 [諸連絡]
解答例です。
問1
a.A 玄葉光一郎
b.A 230
c.@ コーヒーハウス
d.B 権力から独立した公共放送を維持するための負担金
e.A 福祉的/非福祉的
f.A 裁判所による支払い命令
g.C ITU(国際電気通信連合)
問2
h.日々の営み(毎日の生活)
i.マスメディア(新聞社・放送局)
j.観光振興
k.organization
l.Corporation
m.経営委員会(経営委員長)
n.あまねく
Posted by 赤尾晃一 at 16時15分 パーマリンク トラックバック ( 1 ) コメント ( 0 )
2011年07月30日(土)
“仕込み”が映し出す日本型民主主義の風景 [合意形成]
電力会社に続き,原子力安全・保安院もシンポジウムに“仕込み”(参加者の動員と発言の指示)を入れたことが明らかになっている。むろん,当事者が世論演出しているわけだから,許されるべき行為ではない。
しかし,こうした“仕込みシンポジウム”が起きる背景は理解しておくべきだ。この種のシンポジウムに黙っていても積極的に参加し発言するのは,テーマに反対している勢力である。組織的動員であれ,本人の自発性に基づくものであれ,シンポジウムは「反対派(さらに少数派)の示威行為の場」となるのが通常だ。
賛成派はなかなか参加してくれない。まして,大多数を占める「どっちでもいいよ。興味ないよ。勝手に決めてくれればいいよ」と思っている層(意思決定のフリーライダー?)は,シンポジウムなんかに絶対に姿を見せない。
Posted by 赤尾晃一 at 23時38分 パーマリンク トラックバック ( 0 ) コメント ( 0 )
2011年07月21日(木)
自転車一方通行規制 [合意形成]
自転車も軽車両である限り,車道を走行する場合は「左側路端通行」が義務づけられる。ただ,最近は「自転車通行可の歩道区間」が増えている。その場合,「自転車は車道を出て歩道を走れ」という圧力がドライバー・警察などからかかり続ける。「可能」であり選択が許されているのに,あたかも義務であるがごとく。
歩道を自転車が走行する場合も,今度は歩行者・対向してくる自転車運転者との間で軋轢が生じる。歩道には,歩行者・自転車の優先区分がないからだ(一般に道路寄りは自転車というのが了解事項)。
自転車が歩道を走行する場合,「左側路端走行」を守らず,「右側走行」を選択することが多い。歩道幅が狭い場合,対向する自転車同士の事故を誘発することになる。「自転車通行可の歩道区間」も永久に続くわけではない。それが途切れたとき,自転車は道路の右側を走行することになってしまう。
自転車専用道の整備が,自転車による交通事故を抜本的に解決するための切り札だろう。もっとも,日本の道路行政は残念ながら,自動車中心に組み立てられてきた。公共交通機関が衰退し,自動車が欠かせなくなった都市は言うに及ばずだ。
ただ,そうした都市では高校生などが「自転車通学」「自転車通勤」を余儀なくされる。バスに乗りたくても路線がない,本数が限定されるからだ。このため,自動車と自転車の共存という最も頭が痛い問題に直面するのだ。しかし,自動車中心の道路行政からの転換は難しく,自転車専用道路の整備は遅々として進まない。自転車専用レーンの設置も同様だ。
その結果が「自転車一方通行規制」の導入になるのだろう。「左側通行」という常識を知らない人に対して,懲役3ヶ月以下または5万円以下の罰金という制裁は社会正義の発露として正しいのだろうか。
名古屋桜通には「対面通行式自転車専用道」ができている。「中央分離帯」がないので,すれ違う際の緊張感は半端ないだろう。「自転車も左側通行」の原則も曲げている。そして,わずか800メートルしか専用道がない半端さ加減にも相変わらず泣けてくる。
Posted by 赤尾晃一 at 14時24分 パーマリンク トラックバック ( 0 ) コメント ( 0 )
2011年07月16日(土)
『ファイト新聞』にこそ日本新聞協会賞を!! [ジャーナリズム]
災害時にメディアはシンプルな形に戻る。新聞だと「壁新聞」である。『ファイト新聞』は気仙沼市の避難所で小学生たちが発行した壁新聞である。そこには声高な主張は何もない。「暗い話は書かない」をただ一つの約束事として,避難所生活のあれこれを記録している。避難所生活は予想以上に単調で,娯楽が少ないことがわかる。「こんなときに遊んでいるわけにはいかない」と大人は強がるけど,子どもと一緒で遊びたいんだ,本当は。
当事者として身の回りの事実を記録して発表することが,身の回りの人への情報提供や慰撫となり,後で書籍という形にまとまって記録として残ること――『ファイト新聞』こそが東日本大震災で大きな希望の松明をともしたジャーナリズムである。ファイト新聞は日本新聞協会加盟社ではないけれど(当たり前だ),こういう新聞にこそ特例で「協会賞」を贈賞しなきゃダメだぞ!!
Posted by 赤尾晃一 at 22時55分 パーマリンク トラックバック ( 0 ) コメント ( 0 )
2011年06月21日(火)
リークサイト [ジャーナリズム]
WikiLeaksなどリークサイトと既存マスメディア(ジャーナリスト)の関係は「持ちつ持たれつ」だろう。リークサイトが集積した内部告発文書も,裏付けされ,意味が付与されなければ,ただのデータにすぎない。長年にわたって公開を請願してきたのにかなわず,リークサイトではじめて漏示される内部情報は,ジャーナリストにとっては「痛し痒し」なのだろうか。本来ならば,自分の手で開示させたかった。それがままならなかったけれど,リークサイトによって漏示されたのを奇貨としなければならないのだ。
Posted by 赤尾晃一 at 18時33分 パーマリンク トラックバック ( 0 ) コメント ( 0 )
gTLD [インターネット]
ICANNの理事会は,条件付きで無制限のgTLDを2012年1月12日から受付を開始することを決定した(→Intenet Watch)。企業の社名やブランド名,地域名などをgTLDとして使用できるようにする。キヤノンが「.canon」、日立製作所が「.hitachi」を申請することを表明している。また沖縄の企業が「.okinawa」「.ryukyu」を申請する計画だという。
ICANNの今回の決定は,多国籍企業などにとっては,自らの商標をドメイン名に用いることが可能になる。マイクロソフトが.msn,Googleが.googleを取得したりできる。申請費用だけで18万5000ドルかかることから,新gTLDの申請・運用代行事業を展開する企業にとっては大きなビジネスチャンスだろう。
ただ,ニューヨーク・東京など多くの都市が自らのgTLDを持つようになると,gTLDはシティ・プロモーションに欠かせない道具となろう。その場合,結果的にICANNに入る申請費用も莫大なものになるのだろう。
Posted by 赤尾晃一 at 17時45分 パーマリンク トラックバック ( 0 ) コメント ( 0 )
2011年06月14日(火)
マニュファクチャリング・コンセント [ジャーナリズム]
負け犬の遠吠えと言われそうだが,チョムスキーと同種の「メディア制度分析」は日本の左翼的(マルクス主義的)マスメディア論の文脈の中でも,展開されてきた。しかし,財閥の主や「右翼の大立者」たちが1970年代に第一線から姿を消したように見える中で,「日本の支配階層とは誰のことを指すのか?」という疑問が,その種の言説に陰謀論めいた匂いをまとわせることになる。CIAやフリーメイソンあるいはユダヤ資本が日本の政財界そしてメディアの生殺与奪権を握っていたりして(*)。
放送メディアの資本関係の分析手法は,美ノ谷和成『放送メディアの送り手研究』(学文社,2001年)が参考になる。ただし,放送局の多くが資本を株式市場に公開するようになり,堀江貴文・村上世彰・三木谷和史らが世情を騒がせたように,放送局がM&A(企業買収・合併)のターゲットとなった。そして,そうしたM&Aから放送局を守るためのさまざまな防衛策が講じられるようになっている。
大学教育もマニュファクチャリング・コンセントの重要な手段だ。社会を支配する階層を再生産する場だからだ。しかし,公教育にも規制緩和や国家予算圧縮による締め付けが顕在化している。公共放送に対して事業縮小や民営化の圧力がかかるのも,商業主義的メディアに一元化したいという隠れた意思の現れなのだろうか。
チョムスキーが期待を寄せたオルタナティブ・メディアやパブリック・アクセスは,「論」の2〜3回でみたように,日本ではきわめて限定的な導入しかなされていない。その意味では,日本はアメリカよりも「マニュファクチャリング・コンセント」が貫徹した国だともいえる。メディアへのオルタナティブを提示しているのがインターネットである。しかし,インターネットが万人のためのメディアとして機能しているかどうかは検証が必要だ。また,インターネットにも既存メディア企業は確実にウィングを伸ばしている。
*― この種の「陰謀論」の大半は真実でないことは,例えば下記の書を読めばわかる。
Posted by 赤尾晃一 at 18時46分 パーマリンク トラックバック ( 0 ) コメント ( 0 )
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